インプロセッションの會
即興セッションの会についてのお知らせです
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DATE: 2012/08/28(火)   CATEGORY: 未分類
8月セッション 備忘録
1【ウォームアップ】

音楽をかけながら2種類行う。
多発意思…様々な場所に起点を移しながら体を動かす。例えば指、膝、臀、肩甲骨、鼻、踵といったふうに。体に主体がたくさんある。皆勝手に主張する。
後ろの正面…体の正面は背面として動く。

2【演奏する人と踊る人】

参加してくれた人がギタレレとタンバリンみたいなものを持ってきてくれたので、それをアクティングエリアに置いてみた。セッションする人数はデュオと決め、そのなかでひとりは演奏者、ひとりは踊り手になる。誰が何をするというのはあらかじめ気めず、両者は途中でスイッチしてもいい。セッションするときに、演奏するのと踊るのとでは意識はどのように変化するかそれぞれに観察する。演奏は楽器以外の物音、体で音を出すなどの方法を用いてもよいけれど、することはあくまでも音を出すこと、演奏者であること。演奏という目的を持った体と、踊るという目的を持った体の違いは明確にしておくこと。
音を出す方は発信の感覚が強く、踊る方はそれを受信する感覚が強い。逆の誘発もありながらではあるがウェイトとして。即興で踊る時、突き詰めればそれは常にその場の状況に対しての反応でなければならず、何かが展開するとしてもその反応が契機でなければならないし、反作用的に起こる直接は関係ないように見える反応も含め、それ以外のことというのは冷静に考えるとない。

弦楽器、打楽器の楽器の奏でる音に対して体は乗ったり降りたりという軽快な感じだが、物音になると、動きと同時に消化する時間が含まれているように見える。物音は一度記憶に触れて解釈されたかたちになるような印象。

演奏という目的を帯びた場合、何かしら音を鳴らすための対象があり(それが自分の手のひらでも)、体はそのための動作をする。どのような音をどのくらいの強さでだすか。そのときの体には余計な動きが必要なく、その分あり方がクリアだ、と実際やりながら思った。
踊る時もそうありたいと思う反面、踊りがそのように整理されることははたして良いことなのかとも思う。無意識的に動いてしまう部分や床に落ちてるゴミや外から聞こえる花火の音、エアコンの風、時計の分針の動く音にまで反応する散漫な受容体におもしろみを感じているとも言える。厳密であり散漫な状態というのが理想だというところに落ち着く。即興のより良い状態は矛盾のど真ん中にある。

2【止まるの共有】
アクティングエリアで誰かが止まると全員静止し、誰かが動き出すと静止を解く。それぞれが動きを展開しながら、静止を共有することで全体としてのリズムに関与する。即興基礎訓練的にやる。

3【フリーセッション40分】
何も決めない40分を参加者で作る。何も決まってないのに何をするのかと聞かれたら「受容、発展、変容、への献身、自由への奉仕」。
この日のセッションは合奏という感覚が強かった。もちろん楽譜はないのだが、それぞれ変動しつつパートを請け負っているという感じ。相手の体をきく耳を持つことは、即興をするうえで何より大切であることを改めて確認する。

参加者5名
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